シンプルに、ネガティブにポジティブに生きる

プロフィール

ナカタさん

Author:ナカタさん
現在23歳。

温泉と読書、自然をこよなく愛する。

あと、丸いボールとは10年以上の腐れ縁である。




「森の生活」  ヘンリー ディビッド ソロー


私は静かに生きるため、森に入った。
人生の神髄を吸収するためだ。
命ならざるものは拒んだ。
死ぬ時、悔いのないよう生きるため。

I went to the woods because
I wanted to live deliberately.
I wanted to live deep, and suck out all the marrow of life.
To put to rout all that was not life...
and not,when I had come to die,
discover thet I had not lived.



最近の記事



最近のコメント



月別アーカイブ



カテゴリー



最近のトラックバック



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



リンク

このブログをリンクに追加する



RSSフィード



ブログ内検索



スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


H君に音読をしてもらう

夕方、私が古いスーパーカブを適度に飛ばして家路に着くと、H君はそのエンジン音を盗み聞いて自分の部屋を出る。

そして、私の後ろをついてきて、部屋に上がりこむ。

私はもう分かっている。

H君の目的が私からなんとかして煙草代をせしめることだということを。

H君に比べれば幾分「働き者」である私は、いつも根負けして彼に320円を貸してしまう。

でも最近、ただで貸すのはなんかしゃくなので、彼に何か働かせなければいけないと思っていた。

そこで、彼には私の好きな文学作品を音読してもらうことにした。

H君は、no cigarettes no life な人間なのですぐに音読を承諾した。

文学にまるで関心を示さないH君にドストエフスキーや漱石、ソローなどを私の目の前で音読してもらうことは、どこかサディスティックな快感を催させるものである。

「下を向かんで、背筋を伸ばして。」

「もっと腹さ力入れて!」

「そんな棒読みじゃ、すばらしい作品が台無しやん。感情こめれっちゃ」

などと、気付かぬうちに私自身が注文をつける白熱ぶり。

H君も面白い文章を読むと、「これって俺のこと?」などと言って笑いが漏れる。

最近じゃあ、部屋に来るなり、「今日は何読めばいいん?」などとと言う始末。


煙草代を無利子で貸す代わりに音読をしてもらう。 

いいこと思いついたもんだなぁ。そして、いいことしたもんだなぁ。

もしH君が私に出会わなければ

「罪と罰」も「こころ」も「森の生活」も、一生触れる機会がなかったかもしれない。

だが今、彼は既に人類の残した偉大な書物の一端に触れたのである。



あ、そうだ。今度は腹筋しながら音読ってのもいい。


スポンサーサイト

2009夏旅

最近聞いている曲はJASMINEのSAD TO SAY

私は彼女が「あげーぃん」とか「ちくしょう」「あんた」とか言っているところがなんとなく好きである。

でも女の子が「ちくしょう」や、男に向かって「あんた」とか言うのは、まだ生で聞いたことがない。
一度聞いてみたい。しかもそんなこと言いそうにない可愛らしいおとなしい子が言ったら私はどう思うだろう。たぶん、一瞬「うっ」っていう微妙なリアクションを心の中でとってしまうかもしれない。でも次の瞬間には、「一体この子はどういった理由で、ちくしょうと言う言葉を発したのだろう」と思い巡らすだろう。

「ちくしょう」というのは、絶好のチャンスでシュートミスしたセンターフォワードにこそ、お似合いの言葉だと私は承知している。




さて、もう夏である。

夏になると、私の部屋は暑い。暑さとの戦いになる。

一応クーラーがあるにはあるのだが、電流が10アンペアに限定されているのですぐ落ちてしまう。

あまりに暑いので、ある時から玄関のドアを開けっ放しにしておいた。

すると、さわやかな風が入ってきてけっこう涼しくなる。

風だけじゃなくカナブンや蚊も入ってくるが、涼しさからくる快適さが勝り、あまり気にしないようにしている。


そんな風に当たり、うとうと寝ていたお盆前日、ニュースは大雨の被害を伝えている。

「人間の運命というのは時になんて儚いんだろうか」

しばらく考えてから、18切符で九州を一周する計画が頭に浮かんだ。

家でだらだらするのはいつでも出来る。

そしてその二日後、私はちょっとした旅に出た。

一日目

別府の不老泉温泉を皮切りに、福岡へと向かった。

博多ではラーメンを食べ、深夜に着いた久留米では安ホテルや旅館を探すも見つからず、仕方なく3400円のラブホテルに泊まった。

二日目

佐賀の武雄温泉へ。夕方には熊本に着き、辛島町でラーメンを食す。泊まったのは熊本駅前の安旅館。3000円。居酒屋でビールを飲もうと思ったがビール1杯500円はなんか許せなくて、コンビニで2缶買って旅館で飲む。

三日目

この日はひたすら南下。車窓から見える景色は絶景ともいえる。人吉、真幸(幸せな駅)等を経て夕方には鹿児島に到着。私的に九州は南国なのだが、鹿児島はさらに南国な雰囲気だった。話し方もゆるく、とろけそうである。久留米で泊まったラブホテルが快適だったので、ラブホテルを探すがなかなか見つからず、見つかっても高かったりで、仕方なくビジホテに泊まる。天文館公園の近くで3700円。この日もラーメン。熊本のラーメンほどではないが、及第点の味。ついでにビールも飲む。

四日目
5時に起きて宮崎へ。当初は宮崎にも泊まる予定だったが、なぜか大分へ帰る。日向灘を横目に列車は北上。大分市に着いたとき、「あ、大分って九州にある1つの街に過ぎないんだ。」って思う。外に出て気付くこと。私はこういうのが好きだ。この日は8月14日。

旅から帰ってきて「まぁ、こんなもんか」とは思うのだが、それはあくまで体験してしまったものの贅沢な徒労感だろう。

時間を気にせず、電車に揺られながら読書に浸れることや、新しい街の繁華街でおいしそうなお店を捜し歩くことは、儚い人生に存在する幸福の1つではないだろうか。











休耕は誰かが耕さなきゃ。

今日聞いた話では、休耕された土地はけっこう存在していて、寝かせておくよりもむしろ誰かに使ってもらいたいそうである。よって、ただで貸してくれるという。

ここに需要がある。そして希望がある。

たぶん、全国的にそうなんだろう。

僕はほうれん草やネギが好きだから、作ってみようかな。



最近、わかったことがある。

僕はこの資本主義社会においてはけっこうな怠け者で、適当な奴である。

キャリアを積み重ねようとする向上心も萎んでしまったし、賃金を得て自分の生活を成り立たせることがそのうち困難になるのではないかと、勝手に心配しているので自分で作物を作っていく方向へシフトチェンジしているのである。

たぶん、「自分で作物を作ること」も大変なのだろうが、何故か自分にも出来そうだと思えるのでこの方向に向かっているのである。

「晴耕雨読」を掲げて、今は年中無休労働に勤しみ、頭ん中が年中夢求。


そんでもって、今日は起きれたらスポーツバーへバルサ見に。



PS:

昨日は「ぐるりのこと」を見る。 

夫婦生活っていいものかもしれないなぁ。でも、我慢かなぁ。

ソクラテス的には「結婚はしてもしなくても後悔する」らしいけど、本当かな。

結婚して後悔しない人も中にはいたりして。独身でハッピーな人もいたりして。













もし学費が無料だったなら。

AERAという雑誌で知ったのだが、30~40年前は国立大学の学費はずいぶん安かったようである。

そのおかげで、学生が「苦学」できた。親に頼らずに自分で働きながら学ぶ。

それはつまり、親の意見にあまり左右されず、自分が学びたいと思うものを学びやすいということである。

みたいなことを、内田樹先生が述べていた。

また、先生のブログでは小中高大学の学費を無料にすれば、少子化は解決すると言っていた。

さんせー。

学費が無料だったなら、僕は大学に8年間いただろうなぁ。くくくっ。


最近、春だなぁ。

約3週間ぶりに、完全なオフを頂いている。

とりあえずツタヤに行って映画を借りた。

「おくりびと」はすべて借りられていて、「闇の子供たち」だけを選ぶ。


夜、NHKで「貯蓄する若者」について特集している。

将来が心配で貯蓄するOL。  物欲がない青年。

結局、将来を心配せざるを得ないシステムだから、貯蓄に励むのは当然なのかもしれない。

老後の為に働き、老後から人生が始まるというか笑。

20~65の楽しみは休日のささやかな外食というか。

まぁ、それでも世界的にみれば恵まれているんだけど。


ただ、最悪(もしくは最高)のシナリオとしてハイパーインフレがあるらしいけど

そんな時はもうみんなで貧乏しようか笑




今日はオフの二日目。 とりあえず何しようかな。

なんかまた映画借りてこようかな。

「カラマーズフ」か「納棺夫日記」かの続き読もうか。

下手すりゃまた数週間休みないんだからなぁ。














上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。