シンプルに、ネガティブにポジティブに生きる

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ナカタさん

Author:ナカタさん
現在23歳。

温泉と読書、自然をこよなく愛する。

あと、丸いボールとは10年以上の腐れ縁である。




「森の生活」  ヘンリー ディビッド ソロー


私は静かに生きるため、森に入った。
人生の神髄を吸収するためだ。
命ならざるものは拒んだ。
死ぬ時、悔いのないよう生きるため。

I went to the woods because
I wanted to live deliberately.
I wanted to live deep, and suck out all the marrow of life.
To put to rout all that was not life...
and not,when I had come to die,
discover thet I had not lived.



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「南宇和高校というのは、ここから近いんですか?」

僕はやはり、そう尋ねずに宇和島駅の改札を通過することはできなかった。


プラットホームには雪が降っていて、早く停車中の電車に乗って体を温めたかった。この数泊の小さな旅で僕が犯したミスは少なくないが、最前線で体を守るはずの防寒着に、学生時代から愛用しているラルフローレンの緑の布地ワイシャツを選んでしまったことはその中でも最大最悪のものだった。


唐突に質問されてしまった駅員さんは、少し困ったような顔を浮かべてこう言った。

「南宇和高校ですか。ちょっとわからないですね。市内ではないと思うんですけど。。」


彼女はまだ若く見えた。たぶん20代前半だろう。髪は黒く肩の辺りまで伸びていて背は158cmくらい。マスクをしていて顔の全体的な容相は掴めなかったが、目はぱっちりしていたのでかなりの美女ではないかと思った。NHKの「ウェルかめ」に出てくるヒロインに似ている。顔のわりには話し方はいささか冷淡で、そっけない印象を与えた。連日にわたる客への対応や元日にも関わらず働いていること、四国では稀な寒波の到来が彼女をそうさせているのかもしれなかった。



僕は

「あ、そうですか。すいません、ありがとうございます。」

と言って、


足早に3番ホームへと続く階段を昇り降りして一両編成の閑散とした電車の席に腰をおろした。



見上げる空はどんよりと曇っていて、朝から続く雪の傘降はやみそうにない。




2001年度の全国高校サッカー選手権で愛媛県代表の南宇和高校は山形県代表の鶴岡東高校に対して6-0で勝利した。

鶴岡東高校は、僕が高校時代に対戦した最後のチームである。


だからなのかもしれないが

2009年12月31日の大晦日を宇和島のコラルホテルで迎えた僕は、ふと思ったのである。

「あぁ、このあたりで、この山の多い港町の近くで南宇和高校サッカー部はパスやシュートを練習していたんだな。」






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H君に音読をしてもらう

夕方、私が古いスーパーカブを適度に飛ばして家路に着くと、H君はそのエンジン音を盗み聞いて自分の部屋を出る。

そして、私の後ろをついてきて、部屋に上がりこむ。

私はもう分かっている。

H君の目的が私からなんとかして煙草代をせしめることだということを。

H君に比べれば幾分「働き者」である私は、いつも根負けして彼に320円を貸してしまう。

でも最近、ただで貸すのはなんかしゃくなので、彼に何か働かせなければいけないと思っていた。

そこで、彼には私の好きな文学作品を音読してもらうことにした。

H君は、no cigarettes no life な人間なのですぐに音読を承諾した。

文学にまるで関心を示さないH君にドストエフスキーや漱石、ソローなどを私の目の前で音読してもらうことは、どこかサディスティックな快感を催させるものである。

「下を向かんで、背筋を伸ばして。」

「もっと腹さ力入れて!」

「そんな棒読みじゃ、すばらしい作品が台無しやん。感情こめれっちゃ」

などと、気付かぬうちに私自身が注文をつける白熱ぶり。

H君も面白い文章を読むと、「これって俺のこと?」などと言って笑いが漏れる。

最近じゃあ、部屋に来るなり、「今日は何読めばいいん?」などとと言う始末。


煙草代を無利子で貸す代わりに音読をしてもらう。 

いいこと思いついたもんだなぁ。そして、いいことしたもんだなぁ。

もしH君が私に出会わなければ

「罪と罰」も「こころ」も「森の生活」も、一生触れる機会がなかったかもしれない。

だが今、彼は既に人類の残した偉大な書物の一端に触れたのである。



あ、そうだ。今度は腹筋しながら音読ってのもいい。



教育について少し思ったこと

日曜の、いつもよりは憂鬱な夜、NHKを見ている。

経済的な理由で進学や通学ができない高校生が今、増えているという。

そして、心の中で思う。

「俺は大学で学べて、時間を与えられて、やっぱり幸せなのだ」と。

そして、もう少し思う。 

「偶然幸せなのだ」と。

たまたま、経済力のある親に恵まれて、偶然幸せなのだ、と。

そして、最後に思う。

「偶然、不幸になりえた」と。

この国では、これはもはやわかりきったことなのだが、経済力がある程度なければ教育を受けることができない状態になっている。

もし、私が、経済的な理由で高校を中退せざるをえなかったとして、

エリックホッファーのように、日雇い仕事に従事しながら、図書館に通う情熱と好奇心を持ちえただろうか。


よくわからないけど、教育を受けたい人が教育を受けれるというのはけっこう大事なんじゃないかと思う。

僕はとっても狭量で、自分のことばかりしか考えない人間になっちゃったけど、もう少し他の人のことも考えないと、つまらなくなるかもなぁ。

2009夏旅

最近聞いている曲はJASMINEのSAD TO SAY

私は彼女が「あげーぃん」とか「ちくしょう」「あんた」とか言っているところがなんとなく好きである。

でも女の子が「ちくしょう」や、男に向かって「あんた」とか言うのは、まだ生で聞いたことがない。
一度聞いてみたい。しかもそんなこと言いそうにない可愛らしいおとなしい子が言ったら私はどう思うだろう。たぶん、一瞬「うっ」っていう微妙なリアクションを心の中でとってしまうかもしれない。でも次の瞬間には、「一体この子はどういった理由で、ちくしょうと言う言葉を発したのだろう」と思い巡らすだろう。

「ちくしょう」というのは、絶好のチャンスでシュートミスしたセンターフォワードにこそ、お似合いの言葉だと私は承知している。




さて、もう夏である。

夏になると、私の部屋は暑い。暑さとの戦いになる。

一応クーラーがあるにはあるのだが、電流が10アンペアに限定されているのですぐ落ちてしまう。

あまりに暑いので、ある時から玄関のドアを開けっ放しにしておいた。

すると、さわやかな風が入ってきてけっこう涼しくなる。

風だけじゃなくカナブンや蚊も入ってくるが、涼しさからくる快適さが勝り、あまり気にしないようにしている。


そんな風に当たり、うとうと寝ていたお盆前日、ニュースは大雨の被害を伝えている。

「人間の運命というのは時になんて儚いんだろうか」

しばらく考えてから、18切符で九州を一周する計画が頭に浮かんだ。

家でだらだらするのはいつでも出来る。

そしてその二日後、私はちょっとした旅に出た。

一日目

別府の不老泉温泉を皮切りに、福岡へと向かった。

博多ではラーメンを食べ、深夜に着いた久留米では安ホテルや旅館を探すも見つからず、仕方なく3400円のラブホテルに泊まった。

二日目

佐賀の武雄温泉へ。夕方には熊本に着き、辛島町でラーメンを食す。泊まったのは熊本駅前の安旅館。3000円。居酒屋でビールを飲もうと思ったがビール1杯500円はなんか許せなくて、コンビニで2缶買って旅館で飲む。

三日目

この日はひたすら南下。車窓から見える景色は絶景ともいえる。人吉、真幸(幸せな駅)等を経て夕方には鹿児島に到着。私的に九州は南国なのだが、鹿児島はさらに南国な雰囲気だった。話し方もゆるく、とろけそうである。久留米で泊まったラブホテルが快適だったので、ラブホテルを探すがなかなか見つからず、見つかっても高かったりで、仕方なくビジホテに泊まる。天文館公園の近くで3700円。この日もラーメン。熊本のラーメンほどではないが、及第点の味。ついでにビールも飲む。

四日目
5時に起きて宮崎へ。当初は宮崎にも泊まる予定だったが、なぜか大分へ帰る。日向灘を横目に列車は北上。大分市に着いたとき、「あ、大分って九州にある1つの街に過ぎないんだ。」って思う。外に出て気付くこと。私はこういうのが好きだ。この日は8月14日。

旅から帰ってきて「まぁ、こんなもんか」とは思うのだが、それはあくまで体験してしまったものの贅沢な徒労感だろう。

時間を気にせず、電車に揺られながら読書に浸れることや、新しい街の繁華街でおいしそうなお店を捜し歩くことは、儚い人生に存在する幸福の1つではないだろうか。











休耕は誰かが耕さなきゃ。

今日聞いた話では、休耕された土地はけっこう存在していて、寝かせておくよりもむしろ誰かに使ってもらいたいそうである。よって、ただで貸してくれるという。

ここに需要がある。そして希望がある。

たぶん、全国的にそうなんだろう。

僕はほうれん草やネギが好きだから、作ってみようかな。



最近、わかったことがある。

僕はこの資本主義社会においてはけっこうな怠け者で、適当な奴である。

キャリアを積み重ねようとする向上心も萎んでしまったし、賃金を得て自分の生活を成り立たせることがそのうち困難になるのではないかと、勝手に心配しているので自分で作物を作っていく方向へシフトチェンジしているのである。

たぶん、「自分で作物を作ること」も大変なのだろうが、何故か自分にも出来そうだと思えるのでこの方向に向かっているのである。

「晴耕雨読」を掲げて、今は年中無休労働に勤しみ、頭ん中が年中夢求。


そんでもって、今日は起きれたらスポーツバーへバルサ見に。



PS:

昨日は「ぐるりのこと」を見る。 

夫婦生活っていいものかもしれないなぁ。でも、我慢かなぁ。

ソクラテス的には「結婚はしてもしなくても後悔する」らしいけど、本当かな。

結婚して後悔しない人も中にはいたりして。独身でハッピーな人もいたりして。















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